概 念 罪                        

 

序章


  □背離


 その日、俺は不機嫌だった。返ってきた答案の結果は芳しくなく、 さらに彼女とも折り合いが悪い状態で、いわゆる調整期間が続いて いた。そのせいもあって勉強に身が入らなかったんだ、と言い訳が ましいことを考えながら廊下を歩いていた。
  一週間前だというのに、「一日の遅れを取り戻すには三日かかる」 という運動部ではおなじみのフレーズを掲げ、自主練習に励みなが らも高得点をマークする強者もいるにはいるが、俺自身はそういう 器用な真似はできない。
  机に向かうと、途端に普段散乱していても気にも留めなかった部 屋の片付けに取り掛かったり、気晴らしにやってみた昔のゲームに 思ったよりのめり込んでしまって時間を消費してしまったり、まぁ そういった事情がこの惨憺たる結果にしっかりと反映されるのだか ら、なんだかんだで世の中はうまくできていると思う。要は、人よ りもすこし集中力に欠けるきらいがあるかもしれない、と思えるわ けだ。
  ともあれ、そのときはそんな過去の自分の行いにはまったく気を 向けず、テストを受けていたときの自分の健闘した様子だけを思い 描いていたため、目の前の結果に対して憤然とした気持ちしか持っ ていなかったのがその日の不機嫌の理由だった。
  そのままの足と顔で二年の教室を抜け、階段で座りながらおしゃ べりに興じていた女子たちを尻目に、俺は屋上へ向かった。
  錆びついたドアノブを右手で握りながら、建てつけの悪い扉に肩 を当てながら押し開け、気圧の都合で十月下旬のすこし冷え込んだ 風が内部に吹きつけてくる。扉を乱暴に後ろ手で閉め、右手に曲が ってすぐ脇にある、貯水タンクの調整用かなにかで設けられた、す でに塗装が剥げかかった金属製の梯子《はしご》に手をかけた瞬間 に、そいつはいた。
  よく知った顔だった。それはそうだ。心持ち染められた茶色の長 髪も、そこに留められたハートのヘアピンも、道端で自己主張を抑 えながら風に揺れる小さな花のような細身の体躯は、ついこの前喧 嘩したまま連絡を絶っていた俺の彼女、白樺瑞理《しらかばみずり》 その人だったのだから。

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