概 念 罪                        

 

序章



 ここですこしだけ、はじめに疑問視した内容について考察してみよ
 
う。とりあえず、取り上げる内容は知らざるは罪なのか、ということ
 
だ。問題提起したわりには選ぶには早すぎる気もするが、そこは流れ
 
を円滑に進めるためには必要な処置だと思って欲しい。どのみち、こ
 
こで解決に迫るにはあまりにも情報量が足りない。なので、耳に入れ
 
る程度で構わない。
 
 
  前項のこの流れから、メンテナンス用の梯子を登った彼女はそのま
 
ま転落すると予想される。調整用に備えつけられたものなので危機管
 
理はまったくもってされていない。落下を防止する柵などはなにもな
 
い、ということだ。このあたり、今日びの学生の実態を把握していな
 
い前時代的な流れでこの校舎は運営されているに違いないだろう。そ
 
んな誰が登るかもわからないものにカネをつぎ込むよりかは、生活環
 
境を整えるための器具にカネを回したほうが得策、と判断したわけだ。
 
実際、全教室に冷暖房が設置され、新入生を誘致する宣伝内容のひと
 
つにもなった。真偽のほどは定かではないが、こうして直面した人物
 
が存在するのだから言い逃れは許されない。
 
 
  話を戻そう。場合によっては無知は罪となりうる。極論だが、法律
 
という抑制力が存在するにも関わらず、それを存じぬまま犯行に及ん
 
だ場合、実行者は犯罪者となる。この件について異論を挟む余地はな
 
いと思う。
 
 
  ただ、もしも……その考え自体が誤りを起こす元なのだが、もしも
 
俺があの場面で彼女の不調について思索を重ねることができたのなら、
 
すこしでも慮《おもんぱか》る言葉を投げかけることができたのなら、
 
彼女の命を霧散させてしまう結果を招かなくて済んだのかもしれない。
 
 
  彼女はごく普通の女子で、特定個人の恨みなどのたぐいで糾弾され
 
るいわれはなかったと思われる。大人しいが気立てがよく、裁量のい
 
い、クラスでそれなりに人気があった女子、ただそれだけのことだっ
 
た。
 
 
  だから俺は、延々と起こりえない未来について、変えられない過去
 
について、こうやって繰り返し考えている。あのときに彼女の、瑞理
 
の心のことを知ろうとしておけば、その思いだけが沸々と湧きあがっ
 
てくる。そうだ、あのときの俺は引き止めもせず、瑞理の精神状態な
 
ど鑑《かんが》みることもなく、ただ自身の感情に任せ、口を開いた
 
だけだった。
  
 
「死のうと思うなら死ねばいい――」
 

            ⇒次ページ

inserted by FC2 system