概 念 罪                        

 

序章



 その後、自分がどうやって家に帰ったのかも、なにをしたのかも
まったく覚えていなかった。記憶の縁をたどればあるいは手がかり
じみたものを掴めたろうが、そのときの俺はまったくの無気力感に
よって支配されていた。
  一日、二日経っても部屋から出る気力は起きず、ただ寝巻きのま
まベッドの上から動かない生活をしていた。
食事は、新聞やニュース、または誰かから聞いたのか、余計な詮
索をすることもない母親が俺が寝ている間に部屋に持ち込み、そし
て様子を見て食器を片付けにくる、という流れができており、不自
由することはなかった。強いていえば、菓子類などが食べられない
ということだったが、そのときの俺にそんな余裕は持ち合わせてい
なかった
さらにそれから何日か経った頃だった。朝方目を覚ましたときに
突然現実的な問題――学業の心配が胸をよぎった。
中間テストが終わったとはいえ、授業は続いている。それにその
中間テストの成績というのが散々だったのだから、ここでこのまま
休んでいると、期末テストでまた手酷い目に遭うに違いない――そ
んな考えが唐突に脳内を駆け巡った。
いつもどおり置かれていた部屋の中のトーストに手をつけ、パッ
クの牛乳を飲み干したところで、部屋の隅に掛けてあった制服をほ
ぼ一週間ぶりに着て、学生鞄を持って部屋を出る。
その途中、バケットに洗濯物をつめ込んだ母親と遭遇した。部屋
から出てくるとは思っても見なかったらしく、大きく見開いた目が
瞬きを繰り返している。
「……いってきます」
 いまだ動かない母親の脇を通り過ぎ、すれ違いざまに小さく声を
かけた。返答を期待せず、そのまま革靴をはいて家を後にする。 
 

 
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