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†Novel

†Meria's Side . . .

 ここはナフェスタニア王国。連綿と続く山脈を境界線に、バッハ大陸の実に約半分を一国が占めるという、広大な土地を持った国家だ。大地は肥え、王の卓越した政治的手腕により安定した政治と財政も持っている。
 民衆の間で開戦が迫るという噂もまことしやかに流されてはいるが、人々の生活に影響が出ているわけでもなく、いつも通りつつがない日常が送られていた。

 そんな折、ここ首都メルバレンの北門の近くで、ひとりの少女が長身痩躯の青年とともに街道へと繰り出そうとしていた。

「……やっぱりこの人数配分はおかしいと思うんですけど」

 透き通るような色素の薄い金髪に、大きなリボンを頭につけたこの小柄な少女はシュメリアという。
 そのシュメリアは、首都へと続く街道を逆に下りながら、隣の青年に話しかけるともなく、前を見据えたまま言葉を口ずさんでいる。

「ああ、そうだね。この首都内にいる七人の絶対者《アブソリューター》のうちふたりがこうして赴く……よほど大きな事態に違いな……」
「逆です逆! どうしてわたしたちふたりしかいないんですかッ!」

 猫が毛を逆立てるかのように、長身の青年に対して息巻く少女。こうして並ぶと、青年の目線はシュメリアのずいぶん上方にある。青年は柔和な微笑みを携え、まるで妹に対して接するかのような口調で言葉を続ける。

「それはね、メリアの成績、素行、能力、何をとっても充分すぎるものを持っているからだよ。日々の努力の賜物とでも捉えてくれればいい。そしてそんなメリアの実力を一度推し量りたい、という上層部からの要請に応えて、監視役とサポート役として僕が割り当てられたわけさ」

 流暢に語りかける青年の口調は、吟遊詩人の調べを聴いているかのように、穏やかでところどころ抑揚がついていて特徴的だ。その実、普段の立ち振る舞いも物静かで理性的な面持ちが感じられる。
 そしてそんな青年に手放しで評価を与えられたシュメリアは少々面食らい、青年から目線を外した。頬はうっすら朱が刺している。

「そ、そんなことわたしに言っていいんですか? だって、監視役なら報告まで黙っておかなきゃいけないんじゃないんですか。アルさん?」

 アルさん、と呼称された青年は思いついたように目線を上にやり、少しの間のあとにシュメリアに視線を戻した。
 ちなみにアルフレイドは略してメリア、と、シュメリアは上二文字を取ってアルさん、とそれぞれ呼んでいる。

「ああ、いいんだ。さっきのは僕が個人的に思っていることなだけだから」
「じゃあ違うじゃないですかッ!」

 はっはっは、とマイペースに笑うアルフレイドにシュメリアは声を張り上げる。このふたりは先輩後輩の関係に当たるのだが、傍から見ていると、暢気な兄としっかりした妹、という仲の良い兄弟のように映る。言い方を変えれば、それくらい長い付き合いで形成された関係でもある。

「……もういいです、アルさんにまともな答えを期待したわたしが悪かったんです」
「それはまたずいぶんな言い草だなぁ。まるで僕が真面目に取り組んでいないみたいじゃないか」
「普段は真面目ですよ。外面だけですけど」

 出会った当初は尊敬するべき先輩として映っていたアルフレイドだったが、時間を共有するたび、はたまた私生活の一面を垣間見るたび、彼の内面があらわになってきた。
 現在でのシュメリアの評価は『尊敬すべき先輩』から『真面目で大雑把なゆるい先輩』にすっかり変わっている。

「ツレないなぁ。せっかく可愛いメリアとふたりきりだというのに」
「はいはい、聞き飽きました。それで、今日の場所はどのあたりなんですか?」
「そうだね、そろそろ説明しておこうか」

 シュメリアの言葉を皮切りに、アルフレイドは歩みを進めながら説明をはじめた。
 いわく、近隣の村の畑を荒らす不貞の輩がいること。それは夜盗なのか、魔物のせいなのか断定はできないこと。討伐とまでいかなくても、どうにか生活が脅かされる日々は避けたい。このようなことをかいつまんで説明した。

「近隣といっても少々徒歩では遠い距離だ。この先の街道が開けた場所に馬車と業者を手配させている。到着は夕刻前になるかな、被害は夜の時間帯が多いそうだしね。今回は偵察だから、今日の僕たちの報告をもとに今後の人員配分を決める」
「なんだ、偵察なら早く言ってくださいよ。どうりで少ないわけですね」

 納得したように頷いたシュメリアは、隣を歩くアルフレイドから顔を逸らし、歩みを続けた。そこから何歩か進んだあと、アルフレイドはおもむろに言い置いた。

「まぁ実をいえば、もともと担当は僕ひとりだったのを、僕から頼んで君に役を回したんだけどね」
「なんでそんなことしたんですかッ!?」

 シュメリアはアルフレイドの言葉を聞き、迅速に後ろを振り向いた。

「いや、だって僕なにか起こったら対処できないし。それだったら気心知れた相手の方が都合が良いだろう?」
「そうやって気がついたら姿をくらましたりしているのは誰ですか!」

 アルフレイドは、そういきり立つ少女の声音にも飄々とした態度を崩すことがない。

「ははは、君のおかげで僕の評価も高いらしいんだよね。『着実にこなす』とかよくいわれる」
「おかげさまでわたしからの評価は下がる一方ですけど」
「もうそれ以上、下がる余地もないだろう?」
(……わかっててやってたんだ……)

 シュメリアはため息をつき、 顔を垂らすようにしてうなだれた。そんな彼女の様子を気に留めることなく、アルフレイドは前方の馬車を指差し、陽気に声をかける。

「あれだな、ほらメリア、行くぞ」

 こちらを呼んだ割には振り返ることもせず、アルフレイドはさっさと歩いて行ってしまう。気が回るのか、マイペースなのかよくよく理解しがたい人物だ。

 どこか釈然としない気持ちを抱えながら、シュメリアは歩みを速めて、数歩前を進むアルフレイドの姿を追った。

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