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†Novel

†Meria's Side . . .

【空虚な名誉】


 『魔法』とは、言わずと知れた不思議、を総称する呼び名である。過ぎた、理解が追い付かない科学は魔法と呼べるとさえ称される。
 この地、ナフェスタニア王国首都メルバレンでは、日夜その超常現象の研究を行っている施設がある。
 魔法を使う『魔道使』の育成もその施設内で担っており、優秀な人材は、軍部へと輩出させるという、国家の後ろ盾を持った大型の研究施設である。

 魔道使は本来、寸分の狂いも許されない緻密な陣を描いて自身の魔力を陣に注ぎ込み、理《ことわり》の属性をどれだけ用いるか、発動位置の決定、という手段を踏まなければならない。
 それらは個々人によって感覚などに微妙に差異があり、数式化しづらいという面がある。ゆえに魔道使は、日頃の研鑽がそのまま自身の技術の裏付けとなる。

 だが、もしもその過程をスルーし、並外れた速度で魔法を行使することができたとするならば、それは『天才』と呼ぶにふさわしい逸材ではなかろうか。

 『彼女』は、そこに空気と媒体さえあればわずかな時間で魔法を構築できる、極めて規格外な存在である。
 理の〈色〉を見極める特殊な力によって、また、魔法の本質を秘めた〈言の葉〉を自分の中で即興で編み出す。
 つまり、空気のように地水火風のような属性が入り混じった不純物質である理の中に、例えば火なら赤を見出し、火を連想させる言葉を陣の代わりに空気中で音として構成し、媒体を通じて発動させる。正式な手順を踏んだ同一魔法に比べ、威力は幾分か見劣りするのだが、速攻性が並外れている。

 このことから、彼女――シュメリア・イゼルカ・ルーセは、十五歳で施設の最高称号である絶対者《アブソリューター》を取得し、周りから天才との声も名高い。

 そんな栄誉ある授与式の日、シュメリアは物憂げな表情で壇上に上っていた。
 滅多に使われることもない、施設での正装に身を包み、人体の何回りも大きい神像を背後に立ち構える、最高責任者であるクリフォード・シュトラム直々に任命状が渡される。間近で見る機会もそうないであろう、権威あふれるその姿にすら、シュメリアの曇る表情を晴らせるには不十分なものだった。

 ある日、資料室で調べ物をしていたときのことだった。
 厚み数センチの本を数冊、敷き詰められるように並んだ棚から抜き出し、円状に形作られた部屋のちょうど中央に位置する座席につき、持ってきた本を紐解きはじめた。
 最初は単なる違和感からはじまった。しかし、時が経つにつれ、徐々にシュメリアの周囲から人数がまばらになっていった。
 一時間も経ったころ、シュメリアの目に届く範囲には周囲のひとはすっかり消えていた。

 そう、それが自らが意図しないものであったとしても、名誉という首輪はかけられるものなのだ。そして名誉であるがゆえに、周囲は同じ空気を吸いたがらない。そこに存在するものは、歴然とした『差』なのだから。

 今となっては戻ることのできぬ、寸断された道のり。砂上の楼閣がごとく、不安定な心境を抱きながら、少女は日々を過ごす。

 その様子を見かねたのは、同じ絶対者の面々たちだった。
 彼・彼女らはことあるごとにシュメリアを連れ出し、あるいは連れ回し、凍てついた少女の氷塊を徐々に溶かしていった。
 その甲斐もあって、シュメリアは以前と同じように年頃の少女らしく振る舞えるようになったのだった。
 その表情に翳《かげ》りは残すものの、彼女は絶対者の面々と日々を過ごしている。

 未だ幼きその身に余る才能と、周囲の悪意に包まれながら――彼女は何を信じるのだろうか。


 因果は巡り巡えど、再び相見える運命にあろう。
 彼・彼女らの行き交う道のりには果たして――。


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