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黄昏の交差路<< Novel << TOP

†Novel

†Meria's Side . . .

 シュメリアが座席の背もたれにもたれかかりながら、すっかり深く寝入ってからしばらくたったころ、目的地の村に到着した。時間帯はそろそろ黄金色の日差しがあたりに差し始めた夕刻、アルフレイドが指していた到着時刻とあまり差異はなかった。
 頭の金髪を、まるで洗濯物でも洗うかのようにぞんざいに撫でられて起こされたシュメリアは、アルフレイドに手を引かれながら馬車を降り立ち、手を伸ばして背伸びをした。

「やっと到着しましたね」

 背筋を伸ばし終わったシュメリアが息を吐きながらそう言った。

「そうだな、メリアの寝顔の描写もそろそろ飽きてきたころだったから助かったよ」

 と、アルフレイドは固まった身体をほぐしながらそう答えた。その声が普段の調子とまったく変わらなかったので、シュメリアは思わず聞き逃すところだった。

「そうですね、けっこう長い道のりで……え、描写?」
「日差しに包まれながら眠る少女のあどけない寝顔、時折少々口元がにやけ……」
「描いた紙を渡して下さい! 今すぐ隠滅します!」

 こんなひとの前で無防備な姿をさらしてしまった、そのことにシュメリアは身もだえする恥ずかしさを覚えて、顔を真っ赤に染めながらアルフレイドに詰め寄る。

「さて、今回の目的を整理すると、だな」
「黙秘ですかッ!?」

 悪びれた様子を微塵も見せずに、ポケットから折りたたんだ紙を広げて淡々と記載されている内容を読み上げてはぐらかす青年の姿に、シュメリアは内側から火が沸き上がるような感情を覚えた。

「メリア。これは仕事で来ているんだ、あまり時間を浪費させてはいけない。限られた時間のなかで何を得るか、それが成功を左右するんだ」

 眼前の少女をたしなめるように、穏やかな口調でそう語るアルフレイドの様子に、シュメリアは居心地の悪い思いに顔をうつむかせた。

「そう、ですね。私が間違ってました……」
「そうだ、たとえ甘えるような声音で寝言を聞いたり、少々口の端から……」
「前言撤回します! 間違っているのはアルさんの方です!」

 繰り出される拳を軽くいなしながらアルフレイドは状況説明を続けていた。

* * * * * * * * * * * * * * *

「ということだが、今回の目的はわかった?」

 読み上げ終えた紙を再び上着のポケットにしまいながら、アルフレイドは眼下で呼気を乱す少女に語りかけた。

「……アルさんがろくでもない方だということはわかりました」
「人聞きの悪い。その様子じゃ耳に入ってないな」
「要は、まずは情報収集、その後、対処できるようであればわたしたちで対応、という流れですね」
「なんだ、さすがは成績優秀なメリア嬢。ちゃんと聞いているようで安心した」

 今回の目的はあくまで偵察目的だが、規模が小規模の場合は即時的な解決、対応を望むとのことである。たしかに、目の前で起こっている事態をそのまま見過ごして帰還するというのはいささか居心地の悪い思いをすることになるので、シュメリア個人としてもこの点は強く念を入れたいところであった。

(目の前で困っているのに助けないなんて、そんな非道なことできるわけないよね)
「先にいっておくけど、この対処っていうのは僕はほとんど想定していないからそのつもりで」
「え……」

 頭上から発せられた声は、今シュメリアが抱いたその想像を否定した。にわかには信じられない気持ちで、彼女は隣の青年に抗議した。

「どうしてですかッ!? 早期に助けられたほうが良いに決まってます!」
「たしかにその点で見ればメリア、君に言い分がある。だがね、僕らの提示された任務は『偵察』だ。それ以上のことを行って身を危険にさらす必要もない」

 心のなかでシュメリアは頷いた。アルフレイドは正しい。何よりも重要なのは任務の成功であり、余計なことにまで手を伸ばした挙げ句、失敗に終わったなどとなれば本末転倒だ。
 それなのに、感情に駆られたシュメリアは、目の前で正論を振りかざす青年の姿を受け入れることができなかった。

「……なら、アルさんは目の前で困っているひとを見捨てていくんですね」
「場合によるだろう。ひとを助けることには責任がつきまとう。なんでも自分で解決できる、というのはただの思い上がった偽善だ」

 理性では青年の言葉を理解できるのに、それを否定したいもうひとりの自分がいる。発する言葉はすれ違い、空を切り、そして貫いていく。

「偽善でもなんだっていいでしょう! もう上を向くことすら苦しくなって、目の前に暗闇が広がる、そんな気持ちに手を差し伸べることもしないなんて間違ってます!」

 思い描いたのは、周囲から切り離されたような孤独感に苛まれながら、日々を過ごしていた自分の姿だった。あのときあの場所で、差し伸べる手があるなんて信じられなかった。
 そのことを目の前の青年に教わったのに、どうしてそんなにも冷たく振る舞うことができるのだろう。シュメリアの心中に苦いものが広がっていった。

「もういいです、わたしひとりでこの件は引き受けます」
「…………」
「アルさんは帰還するまでどこかでお休みにでもなられてください!」

 そう言葉を言い残し、村の方角へとシュメリアは駆けていった。小さくなっていくその背を眺めながら、アルフレイドはその場から微動だにしなかった。

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