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黄昏の交差路<< Novel << TOP

†Novel

†Meria's Side . . .

 村の裏手に当たる、南門のほうへとやってきた。周囲には小麦などの畑があり、すでに刈り取られた場所も多い。
 ここには、ひっそりと静まった村の通りを真っ直ぐ突っ切ってきた形になる。シュメリアはその道中、先ほどの謝罪の念など忘れ、この旅路での不平不満を言い連ねていたが、アルフレイド本人はというと、実に大雑把な笑い声を繰り返すばかりで反省の色が薄皮ほども見いだせないので、定例どおり諦めることにした。もっとも、一番の解決はそれなのだが。

「というわけで、村民の方々が噂していた場所というのが、村の裏手にあたるこの場所の付近だ。しかし、どうした? 目的の場所を目の前にして気を落としているように見えるけど」

 だいたいは目の前にいる方のせいです、とはさすがに口に出さなかった。無駄だとわかっていたからである。シュメリアは、それらの気持ちを今日幾度目ともなったため息に込めた。

 そして眼下の少女に三白眼で見られていることを知っているのか、アルフレイドは仰々しい動作で説明を続けていた。このまま舞台に躍り出て「おぉ、アナスタシアよ! 沸き立つ紅蓮のようなこの熱情を、勢いよく滝のごとくあふれ出すこの恋慕を、抑えの効かないこの想いを如何としてくれよう!」という台詞を吐きだしても違和感がないだろう。そんな無駄な様子を眺めながら、シュメリアは必要なことだけ頭に入れながら、大げさな動作を含む他のものは聞き流していた。

「正直、黙って冷ややかな目で見られていると僕にも思うことがあるんだ」アルフレイドはシュメリアの視線を受けとめて話した。

「あ、それは賢明なお考えです。なにをお思いになられていたのでしょう?」

 含みのある笑顔を見せながらシュメリアはそう答えたが、目の前の青年は「何が足りない?」と場違いなことを口走ったので、近くの石ころを軽く投げつけた。

* * * * * * * * * * * * * * *

 薄雲に覆われた月が照らす、頼りない明かりだけがなんとか視認性を確保している。そのなかで、シュメリアとアルフレイドのふたりは草むらの陰に隠れ、息を潜めていた。

「噂の時間ではそろそろだな。ただし、毎日目撃されているわけでもないらしい」
「相手は何者なんでしょう?」
「そのあたりは少々曖昧だな。何人かの意見を合わせると、一番可能性の高いものは獣……かもしれない」

 アルフレイドは少々考え込む素振りを見せてそう答える。

「襲われたりした経歴は今のところないんだ。ただ、夜中のうちに畑が荒らされていたり、物品が紛失していることが起こっているらしい。山賊のたぐいならこんな悠長な手は使わないだろうし、何らかの原因があって、近隣の山から降りてきたんじゃないかと思う」
「原因とは……たとえば、繁殖期や冬ごもりの準備だとか、そういったものですか」

 シュメリアは視線を向けて答えた。

「そうかもしれない。あとは、今年は夏場の日照りなどの影響で各所で収穫難が続いている。食糧難なのは獣の住処でも同じ……というのもありうるね」

 縄張り内で食糧不足に陥った獣は、食べ物を求めて人里に下りてきた。折しも、今の時期の獣は食欲が増し、冬眠の準備を進める時期である。
「……なんだか、悪い気がしますね」
 生きていくのに必死なのは双方とも変わらないのに、どちらかが片方の平穏を破らなければ生きていけない。その搾取し合う図式に、シュメリアは顔をうつむかせた。

「それでも放置していい理由にはならないさ。奴らを野放しにするということは、僕らと獣の境界線を破壊することと同じだ。そうなってしまっては、人間の住む場所は狭められていく」

 その言葉は暗に共存できる道はない、と人間と獣の違いを示していた。シュメリアは感情的にしか出ない言葉たちを呑み込んでアルフレイドの言葉を聞き入れた。

 そこから数十分が経過した。静けさがたゆたうなかで、遠くに茂みを掻き分ける音がふたりの耳に入ってくる。

「来たな」

 薄暗さもあいまって、姿は判別できないが、音は徐々に大きくなっている。この場所に向かっていることは間違いないだろう。

(それに、一匹じゃない……)

 掻き分ける音は個別にではなく、断続的に続いている。複数で移動しているので音が途切れないのだ。

「なるべくサポートはするけど、まずは数を見てからだ」アルフレイドは小声で呼びかける。「どうせ止めても無駄なんだろう?」
 夕方に楯突いた手前、勝手なことは慎もうと思っていたシュメリアだったが、彼の言葉に目を見開いた。

「アルさん……ありがとうございます」
「ただし、力量を測り間違えるな。大切なのは我が身だ」

 アルフレイドは強く諭すように話す。
 茂みを掻き分ける音が途切れたことに気がついたふたりは、その方向に目線を向けた。獣たちは草むらから出てきて周辺を見渡すように警戒している。
「二頭か、どうだメリア」アルフレイドはシュメリアに視線を送った。

「いけると思います」
 シュメリアは腰元の細身の剣に手を伸ばした。

「それじゃ、見せてもらうよ、『絶対歌姫《アブソリュート・シンガー》』?」
「ご期待に添えればいいのですが、『絶対癒傷《アブソリュート・リカバー》』さん」

 お互いに目配せを交わしたあと、ふたりは別々の方向に散開した。
 アルフレイドは獣から遠ざかりつつ、魔法でのサポートが可能な範囲に位置し、シュメリアは逆に距離を縮めて撃撃体勢に入る。

(追い返せたら充分、あまり無理をするつもりはないしね……よしッ!)

 姿を隠していた茂みから飛び出し、少々距離を置いて獣たちと対峙する。突然の闖入者に気づいた獣たちはもうすでに警戒態勢に入り、うなるような声を響かせている。

(さて……どうしようかな)

 右手に持った剣を手で弄びながらシュメリアは考える。
 この距離での機動力の高い的相手に攻撃が当たるとは思っていない。かといってこれ以上接近することになれば魔法を使うまえの詠唱が間に合わないだろう。もどかしい距離だ。下手に打って出て返り討ちに遭うのも避けたい。

 そんなことをシュメリアが考えていた矢先、二頭のうち一頭がシュメリアの方向に突進を開始した。突進の速度はシュメリアの予想よりも速く、普通の詠唱では間に合わないと踏んだ。二、三言、単語を呟くように言葉を発し、剣先を突進してくる獣の方向に振り下ろす。
 すでに飛びかからんまでの距離まで接近してきた獣が、突如巻き起こった爆音に巻き込まれて、数メートルの距離を浮遊する。道を外れ、茂みの上にたたきつけられ、力なくアゴを持ち上げようとしたが、あえなく沈黙した。

 爆発の影響で巻き上がった土埃を突風で振り払い、もう一方の姿がすでに疾走をはじめていたことを確認する。ただし、今度はシュメリアを円の中心にあてがうように周囲を回って徐々に距離を詰めてきた。

 螺旋状に走り回ったあと、シュメリアの背後を狙って獣が飛びかかる。肉食の獣が獲物の喉笛を噛みちぎる場合と似ている。しかし、シュメリアは正面を向いたままだった。
 獣の牙がすぐ側まで迫ったとき、シュメリアの足下から背後に背丈以上の巨大な氷柱がせり出し、獣は突進の勢いそのままに、頭部を激突させた。自らの勢いをすべて頭部に衝撃を受け、獣は足下をふらつかせている。

「残念。出直してきてねッ!」

 地面に突き立てていた剣を引き抜き、柄を握る手を持ち直し、腕に力を込めて収縮したばねが解放されるときのように、勢いよく突きを放った。鋭く放たれた剣先から、稲光が飛び出し、未だふらついていた獣に直撃する。稲妻の勢いで幾度も地面を転がり、回転が止まると同時に獣はそれきり動かなくなった。

* * * * * * * * * * * * * * *

 シュメリアはいつの間にか緊張でかいていた汗を拭い、太く、長いため息をもらした。

(はぁ、よかったぁ……)

 動きの速い相手に狙いをつけるのが困難だと踏み、引きつけてから攻撃する、といった手段は功を奏した。だが、一歩間違えば相手を懐に入れることになるこの戦い方は圧迫感がつねにともなう。
 まだ走るような胸の動悸を手で押さえながら、もう一度獣が気絶していることを確認して、姿の見えなくなった青年の姿を探す。

「アルさん、終わりましたよ。どこへいかれたんですか?」

 そのとき、背後から茂みを歩いてくる音が聞こえ、シュメリアは振り返った。かなり離れた場所から青年の姿が見え、口元に手をやり、あくびをかみ殺すようにしながらマイペースにシュメリアの方向に歩いてくる。

(もしかしてわたしに一任させてサボっていたんじゃ……)

 優雅にシュメリアに向けて手を振って進んでくるアルフレイドの姿に、少女は懐疑的な視線を向けた。

 しかし、その表情に驚愕が浮かび、「メリアッ!」と空気が裂けるような怒号を聞いた瞬間、シュメリアは背後からすさまじい衝撃を受けた。痛みで一瞬気が遠くなり、地面に叩きつけられた衝撃が続けて襲ってきた。

「あぐ……ッ!」

 気を失いかけたが、叩きつけられた衝撃でかろうじてシュメリアは意識を取り戻す。しかし、腹部の嘔吐感と痛みによる苦痛で思わず身をよじる結果になる。
 シュメリアの攻撃を免れた三匹目の獣は、痛みで身を縮ませている少女に覆い被さり、脇腹に左前足の爪を突き立てた。刹那、その足に投擲用のダガーが突き刺さった。獣は鋭くいななくと、少女から距離を置いた。

「無事か! メリア!」
「……けほっ、すみ、ません……アルさん」

 ダガーを構え、シュメリアをかばうように立つアルフレイド。剣を支えに立ち上がろうとするシュメリアをアルフレイドは手で制する。

 手負いの獣はいったん距離を置いたが、低い声でうならせて飛びかかる体勢を崩さない。その姿を見て、アルフレイドは着ていた上着を突然脱ぎはじめ、背後でようやく立ち上がったシュメリアに顔からかぶせた。シュメリアは突然視界がふさがれ、ふらついた拍子に尻餅をついた。

「ア、アルさん!?」
「下がっていろ」

 アルフレイドは短く言い置き、そのままシュメリアにも聞き覚えのない詠唱をはじめた。

 手負いの獣はアルフレイドの詠唱と同時に疾駆を開始し、怪我を負った足とは思えないほどの速度で接近し、詠唱中の無防備なアルフレイドに向かって飛びかかった。右前足の爪がアルフレイドの腹部を切り裂き、鮮血が飛び散った。獣はアルフレイドの背後に着地し、すぐに向きを変え、再び青年の背に向けて襲いかかった。

 その瞬間、奇妙なことが起こった。獣の爪は青年の背に届くことはなく、アルフレイドを中心にまばゆいほどの光が周辺を照らしだした。目を開けることも許さぬ光量はあたりを包み込み、それは、突如世界が白色で塗りつぶされたかのようだった。

 数十秒後、シュメリアはようやく目の感覚が戻り、おぼろげに周囲の輪郭を判別できるようになった。かぶさったままの上着から這うように抜け出し、何度か目をまばたきする。そこで少し離れた場所でうつぶせに横たわる青年の姿を見かけた。

「アルさん!」

 忘れていた痛みが再び訪れ、身体をよろけさせながらシュメリアはアルフレイドのもとへ駆け寄った。
 いつの間にか獣の姿はどこにも見られず、それはシュメリアが倒した二匹の獣も同じように消えていた。

「アルさん! しっかりしてください!」

 アルフレイドは引き裂かれた腹部を押さえ、横たわったまま声を発さなかった。腹部の傷は押さえられていた手から血が滴るほど出血していた。

(とにかく止血を……!)

 シュメリアは緊急用にもっていた治療用具で応急処置を施す。アルフレイドの身体の向きを変え、傷口の近くを布で縛るように巻き付ける。その際に目の前の青年の表情が歪み、くぐもった声を漏らした。

「アルさん、待っててください、すぐに……」
「はは、こんなの寝てれば治るよ……。……メリアはその様子だと無事だね……よかった……」

 アルフレイドは切れ切れに言葉を紡いだ。普段の様子とはうって変わって明らかに弱々しい。

「しゃべらないでください!」シュメリアは巻き付けた布を小型のはさみで切り、おもむろに立ち上がった。少女ひとりでは青年の身体を運べないため、助けを呼びに行くためだった。

「ツォーネ……」

 不意にシュメリアの耳にアルフレイドのかすれた声が聞こえてきた。
 一瞬疑問に思ったが、シュメリアは言葉の真意を探ることなく、その場から駆け出していった。

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