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黄昏の交差路<< Novel << TOP

†Novel

†Meria's Side . . .

 翌日、定刻通りに村に到着した馬車に乗り、首都メルバレンまでの帰途につこうとしていた。
 その馬車のなか、少女は至って不機嫌そうな面持ちで窓の外の景色をにらむように見ていた。

「どうした、メリア。せっかくいただいた品々なのに、食べないのか?」

 村で収穫したという小麦を使ったパンは特産物扱いで、見た目にもとても風味豊かに見える。動いている馬車のなかだというのに、青年はパンを口に運び、満足そうに目を細めている。

 そのあまりに気の抜けた表情を見て、シュメリアは座席から半身を乗り出し、青年に指を突きつけた。

「でーすーかーらッ! ちゃんと説明して下さい!」

 狭い車内に少女の高い声が響く。それでも青年は表情を崩さず「何のこと?」とシュメリアに聞き返す。しばらくシュメリアは目の前の青年と対峙していたが、やがて根負けしたように力を抜き、座席に寄りかかった。

 昨晩、気を失った青年を助けるために、シュメリアは村人を呼び、一番薬品類がそろっていた村長の家に青年を村人とともに連れ込んでベッドに寝かせた。青年の腹部の傷口を見ると痛々しく、シュメリアは村人に指摘されるまで、自分も怪我を負い、出血していることに気がつかなかった。
 自身の不注意を責めることをあとに回し、シュメリアは目の前の青年の治療に専念しようと、村長から手渡された傷薬を片手に、アルフレイドの服を持ち上げて腹部の傷口を空気にさらした。

 しかし奇妙なことに、先ほどまで血が流れていた傷口はすでにふさがっていた。村の裏手から室内まで運び込んでくるわずかの間のことだった。付着した血液や残っている傷跡からはたしかにその痕跡が残っている。シュメリアはそのあまりの変化に目をしばたたかせた。

 そのうちに、心配を胸に村人たちが道具を持ち寄って様子を見に来た。シュメリアは気がつき、あわてて青年の衣服を元に戻して傷口を隠した。そして薬はありがたく利用させてもらうが、この場は寝床を貸してもらえただけで充分だということ、青年の容態も安定してきたので看病に携わるのは自分ひとりで十分だという旨を村人たちに説明し、この場から引き下がらせた。
 絶対者としての能力は機密事項だ。万が一、能力を他国に知られてしまえば戦時下において、対策を取られて不利になる危険性があるためだ。

 誰もいなくなった部屋のなかで、シュメリアはあてがわれた自分のベッドにも入ることなく、夜通しアルフレイドの様子を見ていた。

 夜が明け、窓から降り注ぐ日差しと鳥のさえずりに気がつき、シュメリアは自分がいつの間にか寝入ってしまったことを知った。
 目の前に寝ていたアルフレイドの様子を見てみると、シュメリアが起きだした音に気がついたのか、シーツの下からくぐもった声を出していた。

「アルさん!」

 シュメリアは軽く揺らすようにして青年を起こそうとすると、アルフレイドはのっそりと起きだした。身体にもたれるように様子を見ていたシュメリアは、慌てて居住まいを正す。

 アルフレイドは周囲を見渡し、やがて少女の姿を認めると「メリア」と少女の名を呼んだ。

「は、はいっ?」

 突然名を呼ばれた少女は表情を強ばらせて答えたが、アルフレイドは手で口を覆いながらあくびをしたあと、「腹が減った」と開口一番にそういってのけた。

 それから、アルフレイドは村人たちに礼をいい、怪我をする要因となった獣は駆逐したこともあわせて説明した。
 村人たちは突然の来訪者が首都メルバレンから遣わせた魔道使だったことに驚いていたが、アルフレイドの説明を聞いて手放しで喜んでいた。その際に金銭を謝礼として受けたが、シュメリアが丁重に断り、空腹を訴えたアルフレイドが要請したのが食物のたぐいだった。現在、馬車のなかで青年が頬張っているパンにはそういった経歴がある。

 シュメリアはそんな様子のアルフレイドを眺めながら考え込んでいた。

(あのとき、アルさんの能力が働いていたから傷口が急にふさがったんだと思う。だけど、あの光はなんだったんだろう。そして、そのあとの手当をしていたときの数分間、このときには普通のひとと同じような回復力しか持ってなかったように感じられた……)

 シュメリアはそれだけが腑に落ちなかった。そのわけを聞き出そうと、容態が回復した青年に何度か聞き出そうとするも、その場その場ではぐらかされ、まともに答えが返ってこないのだった。

「アルさん……」シュメリアは続きの言葉を口に出す前に一瞬考え、「ツォーネさんってどんな方ですか?」と質問を変えた。
「は?」

 思いもよらなかった質問だったのか、アルフレイドにしては珍しく間の抜けた反応を見せた。

「わたしがアルさんを手当てしていたときなんですけどね、そこから離れるときにアルさんの口から聞こえたんです。名前からして、どなたか人の名前だと思ったんですが」
「シュメリアの言葉を聞いたアルフレイドは顔をうつむかせて押し黙る素振りを見せた。この反応にシュメリアは不安になり、その場を取り繕うように顔の前で手を振った。
「い、いえ、言いづらいことでしたらべつに……」
「いや、大丈夫、話そう」

 あまり自分の身の上話というのは好きじゃないんだけどね、と最初に言い置いたあと、アルフレイドはゆっくりと話し始めた。

* * * * * * * * * * * * * * *

「僕の家はね、あまり裕福ではなくて、下手をすれば、家族は食事すらありつける日がひと月に何日かあったりするくらいだったんだ」

 間を挟むように軽く咳払いをし、アルフレイドは話を続けた。

「父親は家計を養おうと必死に働いていたけど、栄養出張である日突然亡くなった。つぎに父親がいなくなって気を落とした母親が病気で亡くなり、最後に僕と妹のふたりだけが残った」
「もしかしてその方が……」
「ああ、妹の名前がツォーネという」

 シュメリアの言葉に頷きを返すアルフレイド。

「父親が亡くなってからは、家族で働けるのは僕だけになった。母親はすぐに病床に伏せってしまったからね。妹は看病を続けていたが、その甲斐もなく、あっさり息を引き取った」
「…………」

 シュメリアは訥々と話すアルフレイドの声に耳を傾ける。

「その頃からだな、今いる魔法施設に目を向けはじめたのは」

 アルフレイドは腕を組み、座席に深くもたれかかった。

「知ってのとおり、あそこは物資面でも金銭面でも優遇措置が執られる。が、それを手にできるのは一握りだ。だから僕は働くのと別に魔法の勉強をはじめた。それでも勉強しようにも資料がなかったから、半日ほどかけて街に出て、その手の本を片っ端から書き写して、写した紙を持ち込んで頭に叩き込んでいった。そんなことを繰り返して一年経ったのかな。今度は妹が流行病《はやりやまい》に冒された」

 アルフレイドはかぶりを振って、堪えるように額に人差し指を当てた。

「ちょうどそのとき、村の近所に住む、知り合いの魔道使を紹介されていた。僕の身の上に同情してくれたのか、特別に編入試験を受けられるように施設に働きかけてくれていたところだったんだ。だけど、妹の治療費や宿泊費用なども含めて施設側からは承諾が得られた。僕の村にはまともな診療所すらなかったからね……これには手放しで喜んだ。だが……」アルフレイドは一拍置いて、「試験を受ける何日か前の日、妹の容態が悪化し、そのまま意識が戻ることはなかった」

 アルフレイドは自嘲するように乾いた笑みを浮かべた。

「思えば妹の名前を呟いたのも、メリアがどことなくツォーネと雰囲気が似ていたからなのかもしれないな」

 シュメリアは小首を傾げた。

「私が、ですか?」
「ああ。だからどこかで妹の姿を重ねていたのかもしれない」

 そういって、アルフレイドは懐かしむように目を細めてシュメリアを見ていた。しかし、シュメリアはそんなアルフレイドの姿を見て、なにか引っかかるような思いを感じていた。これは――嘘だ、と。
 しかし、違和感の正体を探ることはせず、シュメリアはただ馬車の車輪が回る規則的な音と、澄んだ青空を眺めながら静寂に身をゆだねていた。
 昨晩、睡眠が思うように取れなかったせいか、心地よい眠気がたゆたい、シュメリアは徐々に意識が落ちていく。

(もしも、一度ついた嘘を生涯貫き通すというのならば、それはもう、『本当』になるんじゃないだろうか――)

 身体に記憶を刻みつけるかのようなその振る舞いは、並大抵の覚悟では成せないものだろう。
 どうしてそんなにも無垢で、危なげで、気高く生きられるのだろう――。

 薄れゆく意識のなかでシュメリアはそんなことを思った。

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